元教師 Noraの孤独な人生

ルサンチマンを燃やせ

【#教師のバトン】文部科学省さん、頭が悪すぎる・・・w

魅力より悲鳴があふれる文科省「#教師のバトン」 教員たちが訴えるのは:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

 

「#教師のバトン」とは・・・

学校現場の働き方改革の好事例などを会員制交流サイト(SNS)で発信してもらおうと、文科省が3月に開始。前向きな投稿で教職の魅力を伝える狙いがあったが、開始直後から過酷な勤務実態の訴えや改革を求める声が相次いでいる。

とのことらしい。

 

まずこのコンセプトの時点で言いたいのは、「学校現場の働き方改革の好事例」を教員に発信してもらえるような取り組みを文部科学省さんはしたことがあるんですか?

という点。

ロクに本腰も入れずに役所仕事でチンタラと、頑張ってますポーズ見せてるだけの無能共が、自分たちの働きを人にアピールしてもらおうなんてムシが良すぎる。

まずは発信してもらえるだけの働き方をしろ、税金泥棒共。

 

さらに文部科学省さんが頭悪いのは、「#教師のバトン」なんてものを掲げて本当に現場の教員に狙い通り動いてもらえると思っていた点。

現場の過酷さを知っていれば、「#教師のバトン」なんてほざいて教職の魅力を発信する教員がいないことは容易に想像できる。こんなことは現場の教員でなくとも、一般国民ならフツーに想像できることだ。

#教師のバトン」がこんな悲惨な結果になることが想像すらできなかったということは、文部科学省さんは教育現場のことを微塵も理解していないということなんだろう。国民の血税使っといて国民のことを理解する気がないんなら、政治家なんてさっさと辞めちまえ。萩生田光一とかいうド無能は教育に関わるな。

 

一応、公平のために文部科学省さんを褒めておくと、

①「35人学級」

萩生田文科相「小中学校の30人学級 実現につなげたい」 | 教育 | NHKニュース

②「休日の部活動の段階的な地域移行」

学校における働き方改革推進本部(第4回) (mext.go.jp)

 

この2つを実行「しようとしている」点は評価できる。

ただ、公約を掲げて破棄するだけならどんな無能にでもできる。

まずは「実行」しろ。

自分たちの働きを人にアピールしてもらうのはその後だ。

順序を間違えるな。

 

文部科学相さんには「#教師のバトン」の結果を踏まえて自らの現場への無理解を学び、「有言実行」をしてほしい。

何十年間も国民の血税のうえであぐらをかいてきた歴史を猛省して、子供たちと教員たちが犠牲にならない社会をつくっていただきたいものだ。

学校の実験はヤバい

 

理科の実験中に相次いで生徒が「気分が悪い」、21人搬送|ニフティニュース (nifty.com)

 

おーやってんな~松山市

 

俺も昔、理科系の教員だったから調子に乗って粉塵爆発とかテルミット法とか花火とかド派手な実験をやったことあるけど、21人も病院送りにしたことはないぜ。

硫化水素的ななんかヤベェ気体を発生させたんだろうか。

 

以前の記事でも説明したとおり、教員は業務量がパンクしてるので、他の教員のチェックをしてる余裕がない。

自分の授業のメリット・デメリット、コスト、リスクをちゃんと自分で客観視できてるなら問題は起きないけど、自分で自分の面倒を見ることができない人は暴走してヤベェ授業になったり、ヤベェ実験をやらかしたりしてしまう。

彼らは当然、「自分は暴走している」だなんて自覚をもってないわけだから、暴走機関車は明後日を目指して走り続ける。

 

教員を第三者がチェックする仕組みがないのは、「教員」という仕事が誕生して以来ずっとだと思うけど、「実験でヤバいガス出しちゃった」みたいなリスクを防ぐためにはやっぱり何かしらのチェックをする仕組みが必要だと思う。

ただでさえ、授業中なんかは教室という空間のなかで唯一権力をもった存在になるんだから、その存在がせめて致命的な間違いを犯さないような仕組みをつくったほうが安全ではなかろうか。

ヤベェ独裁者を生み出さないよう、国民が政治をチェックする仕組みである民主主義のように。

 

じゃあ具体的にどうするのか?

民主主義だなんて大層な話をしたものの、学校に割り当てられる予算は高が知れている。

人件費の割合を増やし、教員のチェック要員を配置する、なんてのは現実的じゃない。

 

なら、教室に監視カメラを設置するのはどうだろうか?

人件費よりは遥かに安上がりなはずだ。(確か月あたり数千円程度だったかな?)

教室に監視カメラを設置することで、教員には「誰かが見ているかもしれない」という意識が生まれ、自分自身のありようを客観視せざるを得なくなる。

さらに言うと、生徒側も監視カメラを意識し、いじめが出来なくなるだけでなく、日頃から「自分は誰かに見られているかもしれない」という意識がはたらいて自身を客観視できるようになる。

大人とは、自分を客観的に分析し、社会との調和を図れる人間のことだと思う。

だとするなら、「常に誰かに見られている」という意識は、大人への成長を促進する効果が期待できるのではないか。

 

「監視カメラに囲まれながら育つなんて、健全じゃない!人間的な環境じゃない!」

教室監視カメラ論を世間に発信すれば、そんな反論が来ることが容易に想像できる。

しかし、いじめが横行する現在の教室が果たして、健全で人間的な環境だと本当に言えるんだろうか?

いじめの認知件数は近年増加傾向にある。

最新の統計情報によると、全国の小・中・高・特支すべて合わせて年間約61万件ものいじめが確認されている。(ソースは文科省HP➡https://www.mext.go.jp/content/20201015-mext_jidou02-100002753_01.pdf

それなら、たとえ文化や伝統の破壊につながろうが、子供たちの心の安全のために「監視カメラ」を導入したほうがマシなのではないだろうか?

「監視カメラ」という響きは、いかにも非人間的で、猜疑心に満ちていて、子供がすくすく育つ穏やかな場所には似つかわしくないと感じるかもしれない。

その点を問題視するなら、「あんしんレコーダー」なんて名前に変えてはどうだろう。

昨今、ドライブレコーダーが各家庭に普及し、日常生活にありふれた存在になっている。

馴染みのあるドライブレコーダーをもじりつつ、やわらかい印象をもたせた「あんしんレコーダー」。

子供達にコンマ1秒の隙も与えず見守り続ける理想郷、ディストピアへの第一歩だ。

自民党の国会議員さん、僕に著作権料を支払えばこのアイデア、お譲りしますよ。

 

ここまで読んで僕にどこかサイコパス感を覚えた読者の方、どうか安心してほしい。

上の文章は、この記事を書きながら考えた単なる思考実験に過ぎない。

監視カメラがある教室で生活するなんて、普通に考えてイヤでしょ。

僕だったらそんな学校行きたくない。多分ゆたぼんみたいになると思う。

 

まあ教室監視カメラ論のようなジョークはさておき、教員や生徒の暴走を止める仕組みは欲しいものだ。

こういった、教育界に遥か昔から巣食う病理にメスを入れるには、やはり社会が教育問題をもっと重く考え、政治に影響を与えていくことが必要だろう。

学校は発達障害児をどう見ているのか?

昨今、発達障害というものが世間で注目されつつあると思います。

ADHD学習障害自閉症スペクトラム障害など、各種メディアで目にする機会が増えてきているように感じます。

メディアで目にする機会が急に増えると「最近は発達障害児が増えてきたんだ」と誤解する人が現れそうですが、発達障害そのものは太古の昔からあり、社会がその存在に気づいたのが最近である、というだけなのでしょうね。

 

そんな発達障害をもつ子供のことを、学校がどう見ているのかを現場経験からお話しします。

 

学校現場では、1人の担任、1人の授業担当教員が30~40人の生徒を見なければならないというのが現状です。(まあこれは現在に限った話ではありませんが)

教員1人がもつリソース(子供に割くことができる時間・労力)など高が知れているなかで、さらにそのリソースが1/30~40になるわけです。

自主的に授業や学活に取り組める子供なら、そんな環境でも問題なく成長していけます。

しかし、自主的に取り組めない子供についてはある程度置き去りにせざるを得ないのが実情です。勉強に価値を見出せずに授業中に寝る子供は勿論のこと、発達障害のせいで授業についていけない子供も十分なフォローが得られていません。

 

ただし、誤解してほしくないことは、現場の教員たちは世の中の人々が思ってるより遥かに真剣に一人ひとりの子供のことを考えている、という点です。

僕は教員になる前、「学校教員なんざ子供の立場に立って考えることもできないような、中途半端な倫理観しかない凡人共で、授業もド下手クソな馬鹿共だろう」と思ってました。めちゃくちゃ正直に言うと。

でもいざ現場に行ってみると、学年会という週1の会議で1時間くらいかけて各クラスの生徒の状況について情報共有したり、日頃から20時くらいまで残って問題のある生徒・保護者と話をしたりと、思ったよりかなり生徒に力を割いていて驚きました。当然、発達障害をもつ子供のことも常に気にかけています。

教員によって生徒への見方・支え方は千差万別ですが、僕が見てきた教員は例外なく生徒思いと言える連中でした。

 

それでも発達障害児が置き去りにされてしまうのは、完全に「学校のリソース不足」が原因です。

ここで言うリソースとは、①学校教員や特別支援教育支援員などの人数、②それら職員が発達障害児に割ける勤務時間、といったもののことです。

 

人数に関しては、各自治体の教育委員会が採用人数を増やすしか手はありません。

そのためには、教育委員会がもつ予算を増やす必要があります。教育委員会の予算を増やすためには、大元を辿ると、国家予算に占める教育費の割合を増やす必要があります。

日本は先進国(OECD諸国)のなかで、GDPに対する教育費が最低ランクなので、ここは政府が改善すべきところでしょう。国家の運営について考えるとき、視野が短期的であるほど教育を軽視してしまうものです。ただでさえ産業が落ち目なこの国で、教育を軽視してどうするつもりなのか聞いてみたいものですね。

何より、教育を軽視した政治の陰で、為す術もなくもがき苦しんでいる発達障害児と、その子を支える保護者が必死に生きていることを忘れないで欲しいものです。

 

勤務時間に関しては、これは改善の余地がありません。

教員の勤務時間は8時頃~17時頃までなので、昼休みの1時間を除くと8時間です。そのうち、授業・学活がだいたい1日あたり5時間あるので、残りは3時間。8:00~8:30くらいまで朝の職員打ち合わせや朝学活があるので、残りは2時間半。15:30~18:30くらいまで掃除やら部活動指導やらがあるので、残りは1時間。

この1時間で、授業準備or生徒対応or各分掌業務をしなければなりません。現状、すでに業務量が凄まじくパンクしてます。

こんななかで、発達障害をもった子供へのフォローを念入りに行うことなどできないのは明白ですね。①同様に職員の人数を増やすことと、優先度の低い業務を除去することが解決策です。

 

まとめ

残念ながら、現代社会の学校教育ではまだまだ、すべての子供が公平に教育を受けられる環境は整っていません。

この問題に関する責任の所在、無能と批判されるべき対象があるとすれば、それは現場の教員ではなく、政府と、教育委員会と、校長であるという点です。

現場の教員は限られたリソースを活用して、自分なりに子供たちのために真剣に奔走しています。

一方で、政府は教育を軽視し、教育委員会は必要な教育施策と不必要な教育施策の選別が下手クソで、校長は現場のパンク具合を把握しておらず教育委員会から降りてきた不必要な教育施策を現場の教員に丸投げしています。

 

責任を取るべき彼らが自分の足りなさを自覚することは期待できないので、この状況が変わるとすれば、それは世の中がもうちょっと真剣に教育について考えるようになったときでしょう。

脱サラして教員になるにはどうすればよいか?

学校教員になって、子供たちの人気者になりて~!

学校教員になって、子供の頃に学校から受けた理不尽を根絶していきて~!

学校教員になって、理想的な授業というものを体現して~!

・・・

脱サラして教員を目指す人は、こんな感じでそれぞれ色んな夢をもっていると思います。ちなみに僕は1つ目と2つ目が夢でした。

 

そういう夢をもったはいいが、実行に移せない、という人が世の中には結構多くいるようです。

「そもそも何をどう手続きしたらいいのか分かんねェ!」という人もいれば、「働きながら勉強すんのめんどくせェ!」という人もいます。

実際に、通信制大学で教職課程に履修申請した人のうち、教員免許を取得できる人は1割くらいしかいないという話を聞いたことがあります。途中でダルくなっちゃうんでしょうね・・・。

 

今回は、とりあえず「手続き」面について詳しく紹介しようと思います。

どうすれば最小限の労力で教員免許が取得できるか、という話はまた別の記事で紹介しますね。

 

まず、脱サラ教員を目指す人は大きく2種類に分かれます。

①すでに教員免許をもっている人

②教員免許をもっていない人

 

①の人は、4月上旬~5月上旬の間に、希望する自治体の教育委員会さんに受験申し込みをして、7月の筆記試験やら8月の面接やら受けるだけです。手続きとしては簡単ですね。

なので、この記事では①については割愛し、②について詳しく紹介します。

(試験対策に関する詳しい話はまた別の記事でします。)

 

②の人は、まずは教員免許を取得するところから始めなければならないわけですが、サラリーマンが教員免許を取得する方法は主に以下の2つです。

多くの脱サラ勢がこっちの方法を使ってます。サラリーマンやりながら単位取れますからね。

通信制の大学は、毎年3月と9月に願書受付をしているので、どっちか都合の合う時期に願書を提出しましょう。

・・・ちなみに、オススメの通信制大学は「佛教大学」です。多分、教職課程がある大学のなかでは学費が日本一安いと思います。そして何より、ヤベェくらい簡単に単位が取れます。僕は教育心理学以外は全部ノー勉で単位取れました。

  • 科目等履修生として大学に通学する

こっちは大学に通わなきゃいけないので使う人は圧倒的少数派ですね。ただ、深く教養を身につけたい人はこちらの方が良いかもしれません。

こっちの場合、基本的には母校に通うことをオススメします。母校以外の場合、免許取得に必要な科目を履修させてくれないケースがあるからです。

願書受付のタイミングは、毎年3月上旬です。

 

そして、どちらの方法でもサラリーマンにとってネックとなるのは「介護等体験」と「教育実習」の2つです。

  • 介護等体験

介護等体験は、中学校・高校どちらを志望するかに関係なく、5日間の福祉施設訪問を余儀なくされます。5日くらいであれば有給休暇で何とかなるかもしれませんね。

しかし、問題は・・・

  • 教育実習

こちらは、中学校であれば3週間、高校であれば2週間、学校に通わなければなりません。中・高どちらかの免許しか持たずに就職するのは難しいため、ほとんどの人は中学校の免許も取得します。そのため、教育実習のために3週間を確保することになります。

 

これが理由で、ほとんどの免許未取得勢は会社を辞めて教育実習に臨むことになります。15日間も連続した有給休暇をくれる会社はそうそう無いですからね・・・。

かく言う僕もこれが理由で会社を辞めました。というか、僕はどうせ教員になるつもりだったので、科目等履修生になる時点で会社を辞めました。学生としての暇な時間も欲しかったので・・・。

 

まとめ 

まあ、無難な選択肢としては、「サラリーマンを続けながら通信制大学に入学して、介護等体験は有給休暇中に済ませ、教育実習直前に会社を辞める」ってとこですかね~。

働きながら教職課程を進めるほうが、「本当に自分は教員になるべきなのか?」と自問自答する時間が長くとれて良いかもしれませんし。教育実習より前に「あっ俺向いてねぇや」って感じたら教職課程を辞退すればいいだけですからね。

 

最後に

免許未取得勢のうち教育実習を未履修の人は、免許取得までに最短でも2年かかります。法律上定まっているので、2年より縮めることはできません。

4月に教育課程をスタートする場合は、2年後の3月に履修完了、となります。

 

気が遠くなる話に思えるかもしれませんが、教員生活は結構楽しいです。

まー辛いこともそりゃたくさんありますが、合う人には最高の仕事だと思いますよ。

少なくとも、仕事のくせに楽しい時間がたくさんあるというのは、現代社会ではかなりレアだと思います。

 

以上、とりあえず手続き面の重要な部分をすべて書いてみましたが、何か聞きたいこと等あれば遠慮なくコメントしてください。何でもかんでも答えます。

ブログつくってみました

どうも初めまして、Noraといいます。

タイトル通り、昔学校教員をやってました。そして光速で辞めました。

 

ブログなんて初めてやるもんで、設定のしかたやら何やら全然わかってない状況です。

なんかデフォルトのデザインを使ってみたんですが、タイトル異常にでかくね?って思って困っています。小さくする方法知ってる人いたら初心者の僕に教えてください。自己解決しました

 

皆さんの日常をほんのちょっとでも面白くできるような、薄汚い大人の考え方や経験を公開していきたいと思います!

 

どうぞ、ゆっくりしていってね